軽 井 沢 案 内





Q T V R で 見 る 軽 井 沢


軽井沢(東・南) 軽井沢(西・北) 軽井沢全体(数値地図)


旧軽井沢ロータリー 雪の見晴らし台


旧軽井沢ロータリー (絵画) 軽井沢(東・南) (絵画)




軽 井 沢 町 と 人 々 ( 避暑地誕生 )

 軽井沢には縄文時代から火山の麓にも関わらず人々が暮らして居ました、それを物語るのが茂沢の 南石堂遺跡 などです。
 信濃ノ国と関東平野を結ぶ峠が軽井沢町には3カ所あります。
万葉集や日本書紀に出てくる古代の東山道の碓日坂とは現在の入山峠(碓氷バイパス)です。
中世や江戸時代の中山道は 熊野神社 がある旧碓氷峠から 軽井沢宿沓掛宿追分宿 へと続いていました、 また、和田峠(高速道入口)は下仁田に抜ける姫街道でした。
明治になて国道18号線、 信越線 が開通し軽井沢宿は一時すたれました。
 避暑地(高原療養地)としての軽井沢の始まりは、明治19年(1886年)にイギリス人宣教師 アレキサンダー・クロフト・ショウー により始まりました、彼は軽井沢高原の豊かで美しい自然を「屋根のない病院」と呼び知り合いに軽井沢での避暑を薦めました。
 避暑に訪れた宣教師や外交官らがつくった自治組織はキリスト教的な清潔と質素を信条としました。この 精神 が軽井沢の静かで俗化しない保養地としての環境を創り上げました。後には日本人も加わり 集会堂 や病院や幼稚園なども自分たちで造りました。
 そして外国人の生活様式は軽井沢の避暑地としての基礎をつくりました。
 テニスコートは軽石層のため水はけがよく、平らな高原はサイクリングにも適しました、ハイキングや野球、また、林間学校や音楽会や野外演劇なども 避暑地の娯楽 として盛んに行われました。
 これら外国人の求めに応じ、霧下の気候を生かした西洋野菜の栽培、浅間ブドウなどのジャム、冷蔵庫に使う天然氷、軽井沢彫りの家具などもこの頃始まり、 旧軽井沢 には雑貨屋、肉屋、靴屋、仕立屋、 写真館、 パン屋、牛乳店、クリーニング店、大工、みやげや、旅館( つるや )、ホテル( 万平三笠 )などが次々にできました。
 日本人による別荘は海軍大佐八田裕次郎によって明治26年に建てられた物が始めです。その後明治34年には夏期通弁巡査の配置、明治43年には桂太郎総理大臣、西園寺公望公爵などの別荘も建たり 郵便局 では電話交換も始まりました。この他、明治時代には雨宮敬二郎による開墾・植林(唐松・樅など)事業も行われました。このようにして明治時代に避暑地としての基礎が出来上がりました。
 大正時代になると大規模な別荘地開発や別荘分譲が始まりました、野沢源次郎による離山から三度山、根津嘉一郎による南軽井沢、堤康次郎による千ヶ滝地区など全町に別荘地が広がりました。これらの開発により政界・財界・軍人・学者・文士らが多く軽井沢を訪れ、大きな西洋式近代別荘も多く建ちました、また、東京の一流店も夏期出店するようになりました。夏の軽井沢に貴族社会が誕生しています。
 昭和時代に入ると寺田寅彦による 浅間山 の観測、原寛による軽井沢原産の新植物の発見、氷河期からの遺存植物研究、中西悟堂による野鳥研究なども行われました。文学者では芥川龍之介、志賀直哉、 堀辰雄室生犀星北原白秋、 立原道造、川端康成などが軽井沢を訪れ作品を残しています。農業では荻原豊次により保温折衷苗代が開発されました。
 戦後、軽井沢のホテルや別荘やゴルフ場などは、米占領軍により摂取されました。また、浅間山麓に演習場を造る計画が持ち上がりましたが町民や地震学者の反対運動により中止になりました。
 皇室との関わりでは特に皇太子殿下(平成天皇)が英語の先生であったヴァイニング女史の別荘を昭和24年に訪れ、以降、旧朝香宮別荘であったプリンスホテルに毎夏滞在し、 軽井沢会テニスコート での美智子様との出会いは軽井沢の名声をいっそう高めました。
 現在では、新幹線と高速道路が開通しいっそう東京との距離が近づきました。また、冬季オリンピックの カーリング競技 が行われ、東京オリンピックの馬術競技と合わせ世界で初めての夏冬開催も果たしました。これが縁でカナダのリゾート地として有名なウイスラー市と姉妹都市になりました、また、ブラジルのカンポス・ド・ジョルドン市も姉妹都市です。

 このように軽井沢に多くの人々が訪れたのは、ひとえにその豊かで美しい 自然 のおかげです。

 なぜ軽井沢を世界はもちろん日本中くまなく、布教のために旅した宣教師達が選んだのでしょうか。それは軽井沢に吹く風のせいかもしれません。
 軽井沢は標高900mから1100mで浅間山の南東斜面に広がる高原の町です。軽井沢の気候は、年間平均降水量が約1300?、太平洋側の気候に近く、冬は雪が少なく降っても40?ぐらいで、晴れの日が多いために日中はわりと暖かく1月の平均気温は-4.7℃です。
 夏の平均気温はだいたい20℃ぐらいで30℃を越えることは余りありません、一日の気温の変動が大きいため30℃を越えたとしても時間的には限られます。これは札幌と比べると冬は暖かく、夏は涼しいということです。また、夏の軽井沢は霧が多いことでも知られています、年間では120日も霧が出ます。
 軽井沢の風は、太陽と森林や渓谷が光合成で作り出した酸素やオゾン、陰イオンに満ちています。冷房で作り出された冷たいだけの空気ではありません。他の場所にはまねできない「太陽と豊かな緑そして美味しい空気と水」で出来ています。

 つ づ く。